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俯瞰、という単語をここ数年よく聞く気がして、意味をずっと知らなくて今日やっと検索してみた。
上から見る、みたいな意味で、ちょっとしたネット用語になって独特の意味合いも持つようだ。

先輩に再会してから2年以上経っている。影響を大いに受けて過ごし、先輩の性格や自分の性格、周りの人間の分析を自分なりに必死にしたせいで、少し卑屈がうつったというか、変わったところが多少あると思う。

先輩の低いエリート意識。わたしは全く逆で、自分の高校に失敗意識を持っているし、高校生活も地味で、面白くなくて、納得のいかないことばかりだったと思っている。友だちも好きじゃない子が多かった。自分では自分は美しく、頭もそこそこいい、他人にもっと認められてもいい、と思っていた。
でも認められない日々は続き、大学に入ってもその位置は変わらず卒業し、社会人になって綺麗にすることを覚え始めると、ようやくこれが自分だと思えるような場所に立てた。旦那がいる自分は、最高の状態のように思えた。

先輩との再会は、その高校・大学のわたしの立ち位置を変えようとした。
高校、わたし思ってたよりいけてたんじゃないか。そうだ、わたしはそうであるべきだった。県内のエリート校に通い、そこそこ派手な子と交友し、2人の男の子とつき合い、大学ももっと上を目指せたけど欲がなかったのだ。
大学はもてない訳ではなかったけど、奥平くんがずっと好きだったの。その後悔さえなかったら、というかどうしても奥平くんとつき合ったのさ。
高校で先輩とつき合えてたら、きっと今より幸せだったのさ。

わたしのしょぼい青春の土台をグラグラと刺激し、自分を思いあがらせた。自分はこんな待遇を受ける人間じゃない。旦那が低い位置の人間に見え、なにかと馬鹿にしてくる旦那を、必死で上から踏みにじろうとした。それが俯瞰だったのだ。
また わたしの中で低い位置にいた先輩が、予想外の高い位置にきて、価値観みたいなものがわからなくなるぐらいひっくり返ってしまった。
今はゆっくり元に戻っているのを感じる。先輩の特別期間が終わったからか。

わたしなんて やっぱり不細工で、好きな人からずっと好かれなかったということは それぐらいの人間だったということだ。