辟易しながらもなぜか見続けてしまった半分青い。おもしろくもないし不快になるだけなのになぜだろう、とずっと思いながら見てきて、わたしの気持ちの代弁はないかとTLに長時間割いたり、あぁ、無駄な時間、ほんとに早く終わって欲しい、と思っていたけど、最終週になってようやく出合った。

わたし達は良心を人質に取られていた、と。

わたしの場合は、その言葉だった。

普通こんなことしないだろうと、倫理的な部分で逸脱しているところに、その解決が話の続きにあるんじゃないかと、回収を求めてこの朝ドラを苦手としつつも見続けてしまったのだと思う。結局、何の解決もなかった。それも想定内。本当に想定内だけど、何だ有名な人の脚本、わたし達が未熟なだけかもしれない。笑うまい、答えを見るまでは、という気持ちがあった。

第1話からの感想は、最後まで、全く変わらなかった。おい、人をバカにするなよ。わたし的には、神回なんてただの1話もなかった。

この朝ドラを何の疑問も持たず好きだという人は、倫理感がスズメと似ている、とか、スズメよりがんばってない人、とか、所詮、成績分布とかで考えると日本の全人口の割合で、超がんばっている人1割、がんばっている人2割ぐらいなんだから、がんばっていない人は7割ぐらいいて、その層の人達に支持されれば、そりゃ受けは大きいわなぁと思ったり。がんばっているというのは優秀ということではなく、自分に対して真摯であるか、ということで、その点で、スズメは、その要素に欠けていた。その代表が、人をあてにする。お金はいつも人頼み、まぁその返却シーンもないし、そこで倫理感の高い人には無理。肝心の最終兵器の扇風機も、結局作ったの、リツやん。どこの世界でも、アイデアだけやん。努力も全部、出だしちょっとやん。そんな、一塊の主婦、みんなそんな感じだわ。主婦でももうちょっとやり切ってる人いるわ。女社長系でもないし、生活を粛々と送って生み出すでもない、ぽんと生まれて喪失、ぽんと生まれて喪失、をただ繰り返しているドラマだった。何か一つを極めたらよかったのに。でもどのネタも、この人の知識では、広げることができそうにないな、こうして手数で誤魔化すしかなかったんだろうなという印象を持った。きっとこの先書く脚本も、宝石を散りばめたような、見栄えのいい、でもそこには教示のない、最後にはただの石ころになってしまうようなドラマなのだろう。美しい物で目を引き、それに引っかかった人達の好奇心を、最後まで満たさないようにするのだろう。

 

まんぷく」になり、左隅の時計が、「まだあと○分もある」から「もうあと○分しかない」に変わった、その気持ちが懐かしかった。


全然日記書いてなくて、でもわたしには書くようなことがなくなって、でもやっぱり不満というのは筆の原動力になるのだと思う。