朝着くと、宮本くんの車だと思ってる車がある。

今日は高い確率で会わないだろうと、ジャージもベストではないものを着ていき、化粧も、髪も満点ではないものだった。

おや、でも、そんなこともあろうかと落第点にはしてこなかったんだ、と学校に入る。

割り当ての教室で過ごしていると、今日はあちこちでいつもより内線が鳴る。普段は先生方は歩いて教室に伝達に来るので、使わないように言われてるんだと思ってたから耳についたしやたらとずっと鳴っていた。3度目ぐらいの長いコールで、教室から出てどこで鳴ってるんだろうと思っていたら、上の階で取って話す宮本くんの声が聞こえた。あぁ、いるんだと思って、それだけで嬉しかった。午前中は見かけることもなく、粛々と過ごす。

いつも11時55分のお迎えの時間に、先生のクラスのお姉ちゃんがわたしの担当のクラスの弟を迎えにくるのだけど、いつも先生はわざわざ付いてきてくれる。その時に今日初めて見て、しかもなんだかいつもより格好よくて、好きな格好だからかもしれない、マスク越しでも素敵で、でも、目が全然合わなかった。ぼちぼち付いていく時に、なんだかんだ目ぐらいは合った気がしたけど、何も話すこともなかった。

お昼ごはんを食べてると、そのうちに入ってきた。そこでも特に何もなかったけど、職員室に満ちてきたこの良すぎる香り、もしかして宮本くんのだろうか、いつものほのかないい香りの10倍ぐらいするんだけど、そうだとしたらちょっと殺人的過ぎる、と思いながらあたふたしてるうちに時間になったのでパソコン室に行った。

あれこれ見ていると、程なく先生がやってきた。来てくれたんだなーと思っていると、そのうち、じゃあお願いしますと言って戻っていった。

そこにいるのが疑問になってきてもう1人の担当の先生に聞くと、新しい割り当ての紙があったらしいので、職員室に確認に行かせてもらった。宮本くんかどちらか迷って教頭先生に聞くと、なんだか煮え切らない返事で、3年生を外されそうな雰囲気になったりならなかったり、助けてもらおうと後ろを振り向くと、こちらを見てくれていた。

あの子も職員室にいた。

横についてくれて、相談していると、教頭先生があの子に4年生はどうですかと言い、あの子は秒で大丈夫ですと答えた。わたしは先生に、職員室ですることあるんですか、と聞くと、一応あるんですけど、というので、じゃあわたし3年生に入ります、と言った。

職員室を出るまでなぜか付いてきてくれて、出ながら、僕も最近本にはまってるんですけどね、というので笑った。読書男子だと自称するので、することなかったら教室で読んでくださいね、と言った。それから教室ですることを丁寧に教えてくれた。

さて教室に戻って、言われたとおりしようとするが色々とうまくいかず、なんとかもう1人の担当の先生をお返しして、読書の準備を始める。

と、程なく宮本くんがやってくる。

本と読書カードを持ってきて、後ろの棚で何か書きながら話していて、よく聞きとれず聞き返すと、すること終わっちゃって、図書館で本を借りてきましたと言う。どうやらさっきわたしがした提案に乗ってくれたみたいだ。

 


全て見越していたかのように、後ろの机を勧め、わたしは近くの席についた。あえて、だ。このわたしが苦手なポジショニングは、あえて、だ。だってわたしに見られながらはゆっくり読書できないだろうと思って。でも案の定、わたしはゆっくり読書なんてできなかった。気取って読んでる夏目漱石『それから』をぎくしゃくしながら、入ってこない内容を無理矢理脳内に詰め込んで、やっと4ページ読んだぐらいだった。少し内容に入るとふっと宮本くんのいい香りがし、ぐるぐる回る脳みそをやっと本に戻すと今度は首筋の後ろを冷たい春風が通り抜けた。二度程吹いたその風は、宮本くんにも吹いただろうか。側で、ゆっくりと2人で(2人じゃないけど)本を読む、まさに憧れたシチュエーションじゃないか。今。今死んだっていい。大緊張の中、幸せな状況にたまに目を瞑りながら浸っていた。今、2人だったらどうなっていたかな。とか。今宮本くんはどう思っているんだろう。何を考えているんだろう。とか。

DVDのことを仕切ってくれる宮本くんを見ながら、それにしても今日はなんて格好いいんだろうと思っていた。目が鋭くて、力があった。いつものことだけどスタイルがよかった。

帰り、外に出てヒヤシンスの種の話を他の先生にしだしたら、拾ってくれた。詳しいんですね、というので、全然なんです、と本当のことを言った。ただ、珍しい種というのは本当に好きだった。

職員室に戻ってこないし、時間だから帰ろうと玄関を出ると、外に出て用務員さんと話をしていた。そこから挨拶してくれた。何度も挨拶し合った。なんで出てくれてたんだろう。名残り惜しかった?もっと一緒にいれただろうか。わたしは満たされ過ぎて辛くて、早く帰って宝物にしようとしていたというのに。